秋の理由

傾注すること。注意を向ける、それが全ての核心です。…傾注は生命力です。それはあなたと他者をつなぐものです…

(スーザン・ソンタグ『良心の領界』)

 

その存在を知ってからずっと追いかけている詩人はもう20年もの間、僕を虜にしている。福間健二。詩人、翻訳家、大学教授、映画監督…いくつもの肩書きを持つ彼の仕事に、文字通り『傾注』してきた。


恋をした時、大切な判断をする時、人の気持ちに心震わされた時、逃げたくなった時、柔らかい夜の孤独に浸りたい時などに彼の著作を開いては、その時の自分の感情と本の中の言葉を広場で遊ばせる。


感情と言葉はくっついたり離れたりしながら、段々と仲良くなっていく。自分の感情が本の世界に馴染んでいき、新しい視点やヒントに姿を変える。同じセンテンスに何度も感動し、涙が滲むこともある。


彼の本を読んだ後は背中に羽が生えた気分になる。どこまでも飛んでいけるんじゃないかという錯覚にとらわれる。彼の紡ぐ言葉は、その内容に関わらず心を脱臼させるから。


様々な世界のしがらみから一度意識を剥がされ、詩の世界に傾注させられる。繊細で力強く優しい。そして何よりみずみずしい。静かなエネルギーと若々しさがファンタジーと現実の獣道を歩いていて、その足あとが読んでいる僕の日常に転写されていくような。


そんな彼の新作映画がこの秋に公開される。何て素晴らしいギフトだろう。苦手な寺島しのぶが出ているが、見る前からもう素晴らしい演技をしているはずと確信している。


『秋の理由』というタイトルは彼の詩集からつけられたものだ。秋に理由があるのなら、春にも夏にも冬にもあるだろう。しかし『秋の理由』という言葉の響きはことさらミステリアスで、それがどんな世界であっても足を踏み入れたくなるイメージがある。


20年たっても、まだまだ彼から目を離すことはできない。彼の作品に接した時にもらえる気持ちは、まさに生命力そのものだ。彼の詩集には季節の力が封じ込められていて、それがまた僕の好奇心に火をつける。


冬が始まる前の、繊細であればあるほど堪能できる秋という季節。紅葉のグラデーションを受け止められるような心のパレットを準備したら、彼の映画を先導者として歩いていきたい。

 

福間健二詩集 (現代詩文庫)

福間健二詩集 (現代詩文庫)

 

 

 

秋の理由

秋の理由

 

 

 

良心の領界

良心の領界