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強すぎる欲望は是か?

感情を整えよう

スピリチュアルの世界を知ってからというもの、オポノポノを経由して、潜在意識、アファメーショングラウンディング


いろんな価値観を取り入れて実行してきました。


そのおかげで、現在はうまくバランスがとれている。


怒りを手放したのがいちばんの効果で、そこから道がスルスルと開けてきました。


必要なものが手に入ったり、望んでいた環境のほうへ『流されていったり』、人と深いコミュニケーションがとれて、大切な人と出会えたり。


スピリチュアルの世界を知る前と後では、生きることに対する姿勢がまるっと変わったのです。


その過程で様々な人と出会いました。同じようにスピリチュアルの世界に興味がある人や、どっぷり浸かっている人、本当にたくさんの人がいた。


自分の欲望を叶えるために、もしくは抱えている苦痛を無くすために、スピリチュアルの世界を取り入れる人が多いし、僕も最初はそうでした。


そんな、様々な方と触れ合う中で思ったことがあります。


それは、あまりに強すぎる欲望を抱えている人や、助けて救って連れてってMAXな方々は、比較的ジプシーになりやすいのかなと。占いも含めて。


自分で体現し、勉強する過程でわかってきたのは、スピリチュアルに深く関わることには、実は資格のようなものがいるのではないかということです。


資格といっても、現世の物理的なものではなく、『どれぐらい清い存在であるか』という感じです。


スピリチュアルの世界では、念とかエネルギーとか、今までは迷信の範疇にあったことを、すごく意識するようになります。


僕の場合は、一時期、第六感が冴えまくって、様々なことを言い当てることができました。


自分の深い部分にアプローチし、潜在意識にアクセスし、その深度で自分との対話ん繰り返していると、世界に対してビビッドに反応する自分ができてくる。


その感覚で現実を過ごすと、何かの現象が起こるまえに反応できるようになる。虫の知らせみたいな感じです。


なので、それを突き詰めていくことは、実は危険な領域に足を踏み入れることにつながるのではないか?そう思いました。


だからこそ、そのある種危険な領域にいくには、自分自身がどこまで清い存在であれるか、が大事な気がするのです。そうしないと惑わされたり壊されてしまったりしそうだから。


なので、そんな資格がいるところに、我欲全開で突進してくる、助けてオーラ満載で着飾ってくるというのは、清い存在からは程遠い。


とするならば、様々なところを渡り歩いて、次から次へとセッションを受けても、自分自身が清い存在に近づけない限り、現実は変わらないと思うのです。


つまり、どんな手法を使ったとしても、深く自分を知ることが1番大切で、そのためには、ある程度トーンダウンしながら、ゆっくり自分を紐解いていく、という感覚が必要なのでしょう。


僕自身も日々戒めています。我欲が強すぎないか?と。


欲望自体は悪くない、というかむしろ必要です。


人生はそれを満たすことで有意義になっていくのですから。


過剰であることが、実は自分自身を見えなくしている。


最近、雑然とそんなことを考えているので、メモ代わりに投稿しました。


このテーマに関して、さらに突っ込んで、より深く考えてみようと思います。