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季節と命の循環

窓の外に見えるけやきの木から、ミドリ色の無数の小さな芽が出ていて、風にゆれていた。冬には枯れてしまったように見えていた木も、黒い幹の下で、いのちを育んでいる。死なない。また、繰り返してゆく。

(後藤繁雄『ノマディズム』) 


表面的なことで判断しないこと。人もまたそうだ。


表情、しぐさ、言葉使い…


辛いことがあって落ち込んだり、追い詰められている状態だったりすると、人の見た目は死人のように見えることがある。


どうしたの?大丈夫?何かできることない?


ついそんな声をかけてしまいたくなるほど弱々しい存在に成り果てる。心配しているこちらがどうにかなってしまいそうなほどに。


しかし人は復活する。落ち込んでいる本人の預かりしらないところで、命の季節は巡っている。死なない、また、繰り返してゆく。


悩みの相談をされているとき、たったひとつの言葉から、一瞬かいま見える明るい表情から、落ち込んでいるその人の季節がいつなのかがわかることがある。


その糸を手繰り寄せて、早く新しい季節に出会わせてあげたいといつも思っている。


季節も、命も、繰り返している。


ここが底だと、冬枯れの木々のように決めてしまえばいい。そして自分の命の循環が新しく芽吹かせる蕾を想像すればいい。


人の数だけ季節はあって、それに気づいたあなたの季節はもう春だ。


いろんなものが染みついたコートを脱ぎ捨てたら外に出ろ。


新しい季節をまとったあなたが、新しい季節の中に歩み出ること。


自分の四季のサイクルは、自分で決めていいんだよ。

 

ノマディズム (LIFE WORKS (4))

ノマディズム (LIFE WORKS (4))