選択の方法

思いつめる。これを手に入れるためにはあれを犠牲にしなければならない。

 

しかしあれは自分にとってすごく大切なものだ。どうしよう?いやどうにもならない、両方は無理だ。


そして清水の舞台から飛び降りる決心でそれを捨て去る…

 


極端に追い詰められると思考能力は低下する。


地道に考えて、小さな決定を積み重ねていくことが億劫になったとき、『もうこれしかない!』と大切なものを犠牲にしてしまう傾向がある。

 


捨てることは、それに対する気持ちを抑えこむことだ。押し殺し、閉じ込め、鍵をかける。悲鳴が聞こえないように防音するみたいに、その大切なものにまつわるモノすら捨ててしまう。よし、これで声は聞こえないはずだと。


しかしよく考えればわかるはずだ。打開策はひとつではない。


その思い切りは本当に必要なものなのか?


もっと他にやりようはないのか?


もはや体の一部になったギターを売り払う前に、擦り切れるほど聴きこんだレコードを処分する前に、億劫がらずに死ぬ気で考えろ。

 


そうだ考えろ、分析しろ。解体し、検証するのだ。自分をひっぺがせ、剥き出せ、覗きこんで、触れろ。回路を組み替え、配線をシンプルにし、余白をひねり出せ、どうだ?何かアイデアは浮かんだか?考えることはいつだってできる、それだけを諦めるな。


自分の全てを捧げるのはとてもロマンティックな行為だ。後がない、やるしかない。


僕らの耳に入ってくるのは美談ばかりだ。


ゼロから這い上がった男…
全てを失っても諦めない強靭な精神…
この歳からの再スタート…


だが全てを投げ打ったからといってあなたのパワーが勝手にひとつにまとまり、全身全霊で突き進んでいく体制が整ったとは限らない。

 


僕らが選べる道はひとつだけではないのだ、いつだって。


そして、選びとったことを見直すことに時間は寛容である。


これこそ遅すぎることはない。