成功と幸せと

出来事と観念を切り離すことを『脱同一化』という。


自分が苦しんでいるときに、当事者としてではなく外側から眺めることによって、それは実現できる。


ディソシエイト『傍観者意識』とも呼ぶが、感情的な束縛がないため、自分を回復する手段としてはかなり有効だ。


僕も辛いことがあるたびにやっている。


頭の中でイメージすることもあれば、紙に書きつけて客観的な視点を得ることもあり、手法はその時々で異なるが、とにかく第一歩はこの作業だ。


簡単に言えば『箱の外に出る』ということ。


苦しんでいる自分に、苦しんだままの自分が解決策を与えようとしてもうまくいかない場合が多い。


出来事と観念を切り離しても、多少の辛さはもちろんある。しかしこれは訓練することで容易になる。オススメだ。


よく『成功』と『幸せ』はセットで語られる。


『成功』は出来事であることが多い。有名になった、たくさんのお金を手に入れた、人々から賞賛を受けた…などなど。条件的だ。


『幸せ』は観念的。自分が幸せだと感じられれば条件は関係ない。主体は自分。


ということは『成功』と『幸せ』は分けて考えることが可能だ。


成功しなけりゃ幸せになれない、というのは同一化の最たるものだから。


そう考えると、まずは幸せになってから成功を目指す。というのが近道のように思えてくる。


日々の穏やかな暮らしの中から発見した、小さな喜びのあれこれ。


例えば人は、季節の移ろいに感動する心をあらかじめ宿している。


例えば人は、小さな存在を守ろうという思いが自然とあふれ出るようになっている。それを見た瞬間、つい微笑んでしまうこともセットだ。


例えば人は、誰かのためを思ってした行動が受け入れられたとき、柔らかい明かりが灯るような安堵感を覚えたりする。


日々の暮らしの中では、多くの幸せのイントロダクションが、同時多発的に、映画の予告編さながら上映されているのだ。


まずは幸せになってしまえばいい!!


その考えにどれだけ救われたことかと、この文章を書きながら思い出している。


幸せも成功も、すでにどこかにあるのだ。今は見えないだけかも知れないが、絶対に存在しているのだ。