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こころにも耳をもて

日記 聴くことのちから

こころにも耳をもて。大切に思う人が語り得ないと思う声を、聞きもらさないためである。こころに眼を開け、大切な人が書き得ないと感じる文字を、見通すためである。こころに小さな隠れ家を用意せよ。傷ついた者をかくまい、また、自らが人生の危機にあるとき、安息のひとときを持つためにである。(若松英輔)


誰にも言えず、たとえ言ったとしても理解されないだろう、必死になって隠してる思いや言葉。


そんな大切な気持ちを聞かせてもらうのが僕らの仕事だ。


切々とした訴え、燃え盛るような怒り、凍りついて埋もれた諦念など、それがたとえどんな言葉であっても、その気持ちは抱えているものに属するはずだ。


まずは尊重する。そしてお礼を言う。大切な思いを外に見せてくれてありがとうと。


大抵は時間がかかる。空気を読むのも憚れる時間。息を潜めて、タンポポの綿毛がふわりとも揺れないように、じっと待つのだ。


自分の秘めている思いを自分のペースで外に出せたとき、人は少し軽くなる。鎖の一コマ分だけ、自分を縛り付けているものの負荷が弱くなる。


対話は言葉だけではなく、沈黙や息づかいによってもなされるのだ。


心のなかに、耳を眼を隠れ家を持てたとき、人をコントロールしようなんて気持ちは消滅している。


そうやって聞く側と話す側がフラットになったとき、初めて本当の気持ちが聞けるのだろう。


時間の関節を外し、水に浮いているような面持ちで、自分の存在がクッションそのものになれるよう祈りながら。

 

 

若松英輔エッセイ集 悲しみの秘義

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