器の大きさ

器の大きさとは、自分と調和しないものを受け入れる容量のことである。

(井上裕之『価値ある生き方』)

 

誰だって気の合う人だけと一緒にいたい。楽しい時間も増えるし同じことで喜べる可能性も高い。余計な説明も不要で、ストレスもたまらない。

 

しかしそれが夢物語であることは、誰の目にも明らかだ。職場、家族、各種コミュニティ。合わない人もたくさんいる。

 

嫌いな人と無理に付き合う必要はないが、人の多様性を認め、それなりに付き合っていくにはエネルギーがいるものだ。

 

自分に合う、合わないの垣根を取っ払って、フラットに付き合ってみると、新しい発見があったりする。この人とは合わないと思っていたけど、それは自分の勝手な思い込みであったりとか、すごく細い道だけど、これは同じ方向を向いてるな、とか。

 

もしかしたらコミュニケーションは、自分と調和しないものを自分の中に受け入れることからしか始まらないのかも知れない。

 

器を大きくして、たくさんのタイプの人と繋がること。それが確実に人生を豊かにしていく。

 

 

 

価値ある生き方

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「どうせ私は」を、やめてみる。

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がんばり屋さんのための、心の整理術 (Sanctuary books)

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愛と怖れ

許すという行為は、あらゆる苦悩と喪失感に終止符をうつ。

(ジェラルドGジャンポルスキー『愛と怖れ』)

 

許すことの難しさ。

 

日々の些細なことから、人生を狂わせる大きなことまで、生きていれば常に、許しを迫られることがある。

 

仕事上のミスや友人との軽い喧嘩ならまだいい。しかし家族のこととなると、それは一筋縄ではいかない。100の家族には100の悩みがあり、誰かが誰かを許さないと解決しないことが多々あるからだ。

 

僕もその一人だ。30年もの間、父親を恨み続けていた。

 

酒を飲んで暴力を振るう、女を作っては家に帰らず、金も入れない。困った時だけ帰ってきては偉そうにしている。外で子供を作っては離婚を繰り返し、その後の面倒も見ず、責任は一切とらなかった。

 

一歳で母親と離婚したので僕は祖母に育てられた。貧しい暮らしだったが、祖母の愛情に包まれて幸せだったと思う。父親さえいなければ。

 

それで30年。ずっと恨みを抱えて生きてきた。若い頃は反面教師にしていたが、やがて僕の人生も父親と同じような道を辿っていた。血の繋がりを呪った。

 

酒を飲んで、たくさんの女性に迷惑をかけた。喧嘩っ早かったが、直接的な暴力をパートナーに振るうことはなかった。ギリギリで立ち止まれた。そして一度も結婚せず子供も作らずに今がある。

 

事あるごとに自分の家庭環境を呪い、何万回も頭の中で父親を殺していた。

 

 

数年前に、『家族の人生は家族のもの、あなたの人生はあなたのもの。切り離して考えていい、抱えなくていいのです。』というような文章を読んでハッと目が覚めた。

 

いつまでも父親の人生を自分の内部に抱えている必要はないのだ!!

 

血が繋がっているという理由だけで、父親という存在に縛られることはないんだ!!

 

父親の人生は父親のものだから、俺が抱え込む

義務はないぞ!!

 

そう気づくことで、少しづつ気持ちを軽くしていきました。そして2年ほど前に、ようやく父親を許すことができたのです。

 

 

それからというもの、父親のことを考える回数は減りました。今までは苦手だった『両親がいてちゃんと育てられた人』に対しても、過剰な敵意からつい攻撃してしまうこともなくなりました。

 

それからです。結婚や子供にまつわる出来事が身の回りに増え始めてきたのは。

 

結婚したら子供を作らなければならない。その恐怖から、たとえ結婚話が持ち上がっても、自分で壊してきた人生が少しづつ好転していきました。

 

父親の呪縛に囚われ続け、間違った人生を歩んできた自分。その苦悩がなくなりました。そして両親からの愛情を得られなかった喪失感も消えていきました。

 

中年も後半に差し掛かった年齢のいま、遅すぎるくらい遅いのですが、ようやく自分から始まる家族を持ちたいと心から思えるようになったのです。

 

 

許すこと。それが自分を生き始める第一歩です。人それぞれ苦悩があると思いますが、少しづつでもいいので許していくこと。

 

なぜもっと早くできなかったのかと今は思うばかりです。

 

 

 

愛と怖れ―愛は怖れをサバ折りにする。

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愛とは、怖れを手ばなすこと (サンマーク文庫 E- 45)

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静かに離れる

相手がありのままの自分を認めてくれるのなら感謝をもって対応する。相手が一方的に自分の価値感を押しつけてくるのなら静かに離れる。

矢作直樹『ひとりを恐れない』

 

職業柄多くの人と出会う。

 

その中には、最初は認めてくるのだが、次第に自分の価値感ばかりを押しつけてくる人が一定数いる気がする。

 

違和感を感じても、最初に認められているので、『あれっ?今日は機嫌が悪いのかな?』と思うことが多い。

 

付き合っていくうちに『ああ、こっちが本当なんだな』と気づいて距離を置くのだが、相手にしてみれば態度がコロッと変わったように思うので被害者意識が芽生え、やがては攻撃してくるまでになる。

 

そこで話し合いになるが、まあうまくいかないこと。一度被害者になってしまうと、それを取り除いてあげないと普通の話すらできないのだ。

 

『静かに離れる』ことは難しいが、合わない相手と無理に合わせながら付き合うことで精神を磨耗するのでそれは避けたい。

 

少しずつ距離を置いていき諦めてもらうこと。

 

まだまだ修行は続くのです。

 

 

自分を休ませる練習 しなやかに生きるためのマインドフルネス

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身軽に生きる

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ひとりを怖れない

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自分を好きになることから始めてみよう

自分にだろうが他人にだろうが

愛されている人は幸せだ。

さらに自分だろうが他人だろうが

誰かを愛せる人は幸せだ。

(やまだないとハルヒマシネマ』)

 

愛されている、愛している。

 

この両輪がきちんと回っている日常は穏やかで、じんわりと暖かいものが流れているのを感じる。

 

受けとる、与える。にも通じることだが、結局はバランスが大切なのだ。

 

とはいえ、こんな愛情のバランスが整い続けることは難しい。相手あってのことだからあたりまえだ。

 

愛する、が苦手な人。愛される、に戸惑う人。

 

自分はどちらのタイプなのか、ふと考える。

 

そんな、愛する愛されるをトレーニングする方法は、自分を愛してみることだ。

 

自分に声をかけ、気にかける。調子が悪ければケアしてあげる。楽しいことがあれば共に喜び、悲しさに暮れていたならそっと肩を抱く。

 

仕事、遊び、夢や自己実現、心のこと、からだのこと…

 

好きになった人のことをもっと知りたいと思う気持ちで、自分に興味を持ってみる。積極的に語りかけてみる。

 

自分に接する態度が変化すると、他人への態度も変わってきます。

 

自分に優しく接することができると、人にも優しさを与えることができます。

 

自分をだんだん好きになっていくことで結果、多くの人を好きになれるようになるのです。

好意の延長上に愛情は存在します。

 

まずは自分に興味をもつことから始めていきましょう。

 

 

ハルヒマヒネマ

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西荻夫婦 (フィールコミックスGOLD)

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家族生活

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傷だらけの天使 (Tatsumi comics)

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幸せの種をまくこと

よいことを考えよう。そうすればよいことが起こる。邪悪な考えをもてば、嫌なことが起こる。あなたは、あなたが日がな一日考えていることそのものなのだ。

(『潜在意識をとことん使いこなす』)

 

人は無意識のうちに、つい悪いことや不安について考えてしまっていることが多い。

 

いま喫茶店でお茶を飲みながら、なんとなく外を見ているが、『ゴミ置場のゴミが散らばってて汚いな』とか『曇ってきたな雨降ったら嫌だな』とか『あの車飛ばしすぎじゃないか、事故ったらどうすんだよ』みたいに、悪いことばかりが目につく。

 

よく目を凝らしてみれば、『幹線沿いに茂っている葉が上だけ赤くて面白いな』とか『あの看板の色使いは目立つな』とか『あのおばあさんはいつも家の前を掃いてるのかな、素敵だな』ということがわかってくる。

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嫌なこと、悪いことを考えることは、潜在意識の庭に雑草を植えているようなものだ。雑草に水やりして生い茂らせたところで幸福にはなれない。どうせなら綺麗な花に水をやるべきだ。

 

人間には生存本能があるから、悪いことや不安について思いをめぐらせ、身に起こりうるピンチを回避しなければならない。

 

しかしそればかり考えていたら日々を楽しむことは不可能だ。この矛盾にどう対峙していくかが、幸福への鍵だ。

 

悪いことや不安を思ったら、その分だけいいことに目を向けよう。意識して、積極的に、最初は。それを繰り返しているとやがて、無意識にいいことを思い浮かべる頻度が増えて、楽しいことや嬉しいことに敏感に慣れている自分に気づくだろう。

 

日々の小さな変化に喜びを感じられることは、生きているだけで楽しいなという思いにつながっている。毎朝の清々しい目覚めと、『今日はどんないいことがあるのかな』という期待に胸を膨らませ、前向きに一日を過ごせることの喜び。

 

幸せの花が咲く種は季節を問わず一年中まくことができるのです。

 

今日も、明日も。

 

 

潜在意識をとことん使いこなす

潜在意識をとことん使いこなす

 

 

 

外野は外野。自分は自分。大切なのはどっち?

皆さん、物事を難しく考えすぎです。スピやっているからって、スピ気取りの思想をこねくり回して迷宮に入っています。どうか、喜びを中心に生き、それ以外のものは信頼して放置してください。知り得た問題は解決しなければ、というのは強迫観念です。

(賢者テラ)

 

喜びを中心に生き…

 

なんて甘い響きなんだろう。

 

それが当然と思えど、このフレーズを読んだ1秒後には『でも…』と呟いてしまうセリフではないだろうか。

 

しかしながら、自分を愛し、自分を信じ、自分が創造できる喜びを体現している人にとっては、当然の話だとも思う。

 

人は怖がりだから、放置できない。

 

自分に不必要なもの、自分には当てはまらない価値観、自分とは縁遠い出来事。

 

本来なら全く関係ないのに、世間が、社会がそうだから『なんとなく意識してしまってその感覚が残ってしまう』ことは誰にでもあること。

 

しかし。

 

でもやっぱり関係ないんだよ。自分にとっての喜びを追求する意外、やることなんかない。この人生で。

 

外野のノイズにいかに翻弄されないか、それが鍵。

 

ひとりでも、孤独でも、自分の尊厳を最優先して外野を外野で終わらせること。

 

それが大切ですよね。

 

 

宇宙シナリオからのメッセージ

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宇宙が教えてくれた 幸せになるお告げ

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寛容であれ

人間は、その不完全を許容しつつ、愛し合うことです。
不完全であるが故に退け合うのではなく、人間同士が助け合うのです。
他人の行為を軽々しく批判せぬことです。
自分の好悪の感情で、人を批判せぬことです。
善悪のいずれか一方に、その人を押し込めないことです。

(吉野弘)

 

年齢を重ねるにつれ、多少は寛容になってきたかなと思うことはあれど、まだまだ足りない。

 

人をそのまま受け止めることの難しさは、死ぬまで続くのだろう。

 

『善悪のいずれか一方に、その人を押し込めないことです。』

 

自分が正しい、あなたは間違っている。そんなジャッジを私たちも日々たくさんしているが、それは本当に必要なのだろうか?

 

自分の正しさを証明したいという感情はそもそもどこからくるのだろう?

 

特に大きな影響がなければ、ムキになって証明することなんかないのに。

 

打ち負かす、やり込める、ことなしに助け合うこと。助け合うことが念頭にあれば、そもそも正しさを押しつけることはしないはずだ。

 

考え方の違う他人同士が、助け合う。

 

ただそれだけでいいのだよなぁ。

 

 

二人が睦まじくいるためには

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贈るうた

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